暮らしの壺 [化粧品の歴史]

化粧品の世界史

遡る事、5万年前
最初は宗教儀式としての意味合いで全身をくまなく「赤く染める」事が始まりだったとされています。

そして紀元前4000年〜
エジプトやメソポタミアといった当時の先進国で、現在に近い感覚で化粧についての記録が残っています。

練り香油を身体に塗り、赤い染料を唇や爪に塗り、黒や緑のアイシャドーが存在していました。アイシャドーに関しましては、照りつける灼熱の陽射しから目を守る為にまぶたに塗った、というのが始まりだったそうです。

紀元前3000年〜
シュメール文明(イラク)遺跡には、石鹸の製造方法が記された粘土板が見つかっています。(石鹸も化粧品です)

紀元前7世紀〜
中国では「蛾眉」(がび)と言って
蛾の触覚の様な三日月形の美しい女性=美人、眉ファッションが栄えたそうです。

5世紀〜
中世ヨーロッパでは白粉(おしろい)や液体の香水・口紅が男女問わず貴族の間で流行ったとか。またこの頃、「つけぼくろ」が大流行したそうです。何故でしょう。

実は当時の白粉は鉛で出来ていたのです。その製法は単純で、鉛の板を積み重ね、この下に酢を入れた容器を置き、炭火で沸騰させた蒸気を当てると出来ました。これを精製して白粉になるのです。

水に溶いて肌に塗るとまるで陶器お人形の肌の様にスベスベに仕上がるんだそうで、長い間、現在でいうところのファンデーションな訳ですが、この鉛白粉が普及していました。しかし、この鉛白粉、バッチリ鉛の化合物な訳ですから、もちろんお肌に良い訳がなく、鉛の毒素で顔色がドンドンどす黒くねってシミも出来やすくなり、それを隠す為に「つけぼくろ」が流行したそうです。
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知らなかったとはいえ、なんか本末転倒の様な話ですね。他にもフランス王ルイ15世が罹患した事で有名な天然痘の跡形を隠す為だったとも云われています。

1954年〜
アメリカよりファンデーション(パンケーキ)が発売され日本でも大流行、世界共通の化粧方法が誕生したのです。その後も続々と各メーカーが日進月歩、科学技術を屈して競い合い、今日に至ります。

以上がざっくり5万年の化粧分化史です。画像は「白いミルクに薔薇の花びらを浮かべた様な頬をしている」と云われたマリー・アントワネット妃の肖像画です。