地球 教室

ストロマトライト

カテゴリ:ようこそ!海の世界へ

突然ですが、私たちヒトが一体どのくらいの酸素を消費しているのか?

ご存知でしょうか。先ずは供給される酸素の量からご説明します。私たちが住む地表付近の大気中(一般に空気と呼ばれる)の主成分は、乾燥大気の場合で多い順から概ね・・・

《窒素(N2):78.1%》《酸素(O2):21%》《アルゴン(Ar):0.9%》《二酸化炭素(CO2):0.04%》

実際にはここに水蒸気が4〜1%未満、二酸化炭素についても時間帯や場所・季節によって変動があります。*(但し窒素・酸素・アルゴンの体積比は、高度90km付近までほぼ変わらない)

この大気を、私たちヒトが1回吸って吐くと呼吸によって酸素が使われる訳ですが、吸い込む時に21%あった酸素濃度は、吐き出す時には16%になっています。


「え?たったそれだけ?!少なくない〜?」




って声が聞こえてきそうですが、そうなんです。つまり一回で5%しか使っていない計算になるんですよ。でも〜70億人のヒトが同時に呼吸する度に5%ずつ減る訳でして、もちろんヒトだけでなく動物や微生物までありとあらゆる生き物を合わせると、ものすごい消費量ですから、いくら膨大な量の地球大気の酸素でも数千年でなくなってしまう卓上計算。でも私たちは遺跡からも確認出来るように何世代もに渡って数千年も事実生きて来たのですから、呼吸によって酸素が消費し尽くされる事が無かったのは明白です。

どうして酸素が無くならないか?周知、呼吸によって消費される酸素を光合成によって絶え間なく再生されているお陰なんです。酸素濃度は多くても少なくても多くの生き物にとって弊害があり、動物(呼吸)と植物(光合成)のこの絶妙なバランスの上に成り立っていると云えそうです。有り難くもあり、またとても不思議ですね。



生きている化石 [ストロマトライト]

世界遺産シャークベイ・ハメリンプール(オーストラリア)にある[ストロマトライト]は、35億年前から生息する世界最古の生物。澄み渡る入り江の水際一帯に広がる無数の岩のような塊です。実はこれが酸素形成の起源とされる光合成細菌なんです。炭酸カルシウムのコロニーに棲む藍藻(らんそう)ーシアノバクテリアなどの集合体で、今でも年に約0.3㎜ずつゆっくりと成長を続けています。

西オーストラリアでは有名な観光スポットで傷つけないように大切に保護され、干潮時には画像のように頭を覗かせる姿も観る事が出来ます。この辺りの海水の塩分は普通の海水の約2倍。高い塩分だからこそ他の生物に邪魔される事無く、今もなおゆっくりと成長を続けています。

*http://www.mus-nh.city.osaka.jp/tokuten/2002plantevo/virtual/2.html のWebページより画像を拝借させて頂きました。

クラゲが増えると魚が減る?

カテゴリ:ようこそ!海の世界へ

世界には8種のウミガメが棲んでいます。そのうちアカウミガメ・アオウミガメ・タイマイ・ヒメウミガメ・オサガメ・クロウミガメの6種が日本に棲んでいます。

日本でよく見られるのは、アカウミガメ・アオウミガメ・タイマイで、この3種が日本の砂浜で産卵する種類でもあります。

また、ウミガメはエサの食い分けによって競争関係を回避していると云われています。アカウミガメは貝(軟体動物)やヤドカリ(節足動物)などの底生動物、アオウミガメは海草や海藻、タイマイはサンゴ礁に生息するカイメン、オサガメはクラゲ類、ヒメウミガメは小さな底生動物を食べているようです。

オサガメがビニール袋をクラゲと間違えて食べてしまう、というショッキングな映像を見た事がある方も多いと思います(海洋プラスチック問題)。

しかし、実はクラゲ自体の数は年々増えています。

人間が魚を多く取り過ぎてしまった為、クラゲの数はかつて豊富だった魚の数に取って代わってしまった事をご存知でしょうか。更にクラゲは魚の卵やエビカニなどの幼生を食べます。これは将来、魚やエビカニがもっと減る事を示唆します。つまりは巡り巡って私たちヒトに跳ね返ってくるのだと考えられているのです。

タイマイが泳ぐサンゴ礁では日焼け止めに含まれる添加剤成分がサンゴの白化減少を引き起こしているのでは、という疑いが10年くらい前からありました。

サンゴは動物ですが、光合成によってエネルギーを得ています。それは体内に[褐虫藻](かっちゅうそう)という藻類を共生させ、その光合成産物によって栄養を摂取しているからです(種類によっては動物プランクトンなども捕食します)。

サンゴの骨格は白色ですが、褐虫藻を体内に取り込む事により、有色となります。サンゴから褐虫藻がいなくなると元々の白い色になり、再び褐虫藻を取り込まなければ、主たる栄養源が無くなり、やがて死んでしまいます。これが白化現象です。

日焼け止め成分が藻類に潜伏感染している休眠状態である、ある種のウイルスを活性化させてしまい、サンゴが異常を感じて褐虫藻を体内から放出する事によって、白化が起こると推察されています。その日焼け止め成分とは、紫外線吸収剤の「オキシベンゾン」と「オクチノキサート」の2つです。

先駆けて米ハワイ州では2021年1月1日より両紫外線吸収剤の含まれた日焼け止めの販売と流通を禁止する法律が施行されます。また、サンゴ白化だけでなく、飲み水や魚類にも入り込む為、人体にも影響を与えている可能性があると警鐘を鳴らしています。

現在、徐々に各化粧品メーカーが、代替えとして紫外線散乱剤の「二酸化チタン」や「酸化亜鉛」を利用した日焼け止めの開発製造に取り組んでいます。

ウミガメの涙

カテゴリ:ようこそ!海の世界へ

海水中の塩分濃度はヒトの血液(体液)の塩分濃度の3倍程度ですが、魚類の血液(体液)の塩分濃度も陸上動物の血液(体液)の塩分濃度と大きな差はありません。すわなち、海水魚は自分の体液よりも濃い海水中で生活し、淡水魚は自分の体液よりも薄い淡水中で生活しています。

その為、浸透圧の仕組みで、海水魚は体液が外に抜け、淡水魚は周囲の水が体内に入り込みます。だから海水魚は大量の水を飲み、エラから塩分を排出します。逆に淡水魚は多量の尿を排出し、塩分は尿細管で回収します。

サケやウナギ、あるいはアユといった成長の段階で海水と淡水の生活の場を変える魚は、その際にごく短時間でこうした代謝の仕組みを変える事が出来る驚異のスーパー生物です。

海水中の塩分はヒトの血液(体液)よりも濃いので、ヒトが海水を飲むと血液(体液)の塩分濃度が高くなり、ますます喉が渇く事になります。しかし、海鳥やウミガメは海水を飲んで水分を補給する事が出来ます。これは一体どういう事なのでしょうか。

実は私たちヒトには持ち合わせていない、目と鼻の間にある[塩類腺](えんるいせん)という器官で、余分な塩分を排出しています。

そんな訳で、産卵の為に上陸したウミガメがあたかも産みの苦しみで涙を流している様に見えますが、実のところ「塩類腺から塩分を排出しているだけ」、というのが正解です。

日本では、1990年以降、ウミガメの産卵が60%も減っています。その一因として、砂浜の環境が変化してウミガメが産卵出来なくなってしまったり、網や釣り針にかかって死んでしまうなどが挙げられますが、本当のところはまだ分かっていません。

だからと言って、子ガメの放流会はウミガメにとって必ずしも良い事ではないかもしれない、という事が最近の研究で分かりました。

本来、子ガメは卵から孵化すると、砂浜から海へ向かいます。この時、体の中の磁石の向きをセットしているそうです。しかし、ヒトが卵を安全な所へ移動し、温めて孵化させ、手で海に放流すると、その磁石がセット出来ない、つまり正しい方向感覚を持てないのではないか、というのです。

これが事実なら、ヒトの手で子ガメを放流する事はウミガメにとって迷惑なのかもしれません。減少している原因も含めて、科学的に長い時間をかけて調べる事が必要だと云われています。

私の田舎は吐噶喇列島(トカラ)*の離島なのですが、昔はウミガメが泳ぎ、砂浜を歩く光景はよくある事でした。ところが、最近は殆ど見かけなくなってしまいました。
            *鹿児島県奄美大島の北に位置

当時の大人たちは「全て大陸からの密猟のせいだ」と話していましたが、今思えば、農薬も起因のひとつではないかと考えます。今住んでいる高知の海でも、たまに見かけるくらいです。高知の場合は、護岸工事などの影響も大きいと思います。しかし、津波被害の問題もありますから悩ましいところです。

ウミガメの保全活動推進を見聞きしますが、何故ウミガメに保全活動が必要なのか?

単に小ガメが可愛いからだけでなく、自然生態系にも多大に寄与(例えば、年間約500匹の産卵の内、大部分が卵の状態で食べられてしまう。でもそれはつまり、栄養が乏しい海岸植生にとって重要な栄養源の一つ)している事まで丁寧に説明出来たら、私たちは目指すべき道を見誤らないで済むのかもしれません。

最古の世界地図

カテゴリ:地球誕生

先人の文化や思想を知るには、その時代の[地図]が便利です。そこで[最古の世界地図]をご紹介しましょう。

時代はティグリス・ユーフラテス川でお馴染みのメソポタミア文明。四大文明のひとつで最古の文明とされていて、シュメール文明を始めとするメソポタミアで花開いた高度な文明をまとめてメソポタミア文明と云い、紀元前8000年頃には既に農耕が進んでいました。

この時代、地図が作られたそもそもの目的は、移動手段ではなく[地積測量]であったと考えられています。農耕が発達すると国家が成立し、もっと多くの人力が必要となります。用水路を作ったり争いが起こらない様、耕地の境界を定めたり、公平に課税する為、土地を測量して記録する地積測量が目的でした。つまり当時の地図は「領地を示し宣言する内容」で良かったのです。

しかし文明が発達するに連れ、次第に「知識を一望に表す目的の世界観」が作られる様になって行きました。これこそが世界地図の描かれる最初のきっかけとされています。

↑最古の世界地図が出土されたのは、バビロニア帝国(文明)時代の首都バビロン(現在のイラク)です。
↑粘土盤に描かれた[最古の世界地図]
円と直線を組み合わせたもので、首都バビロンを中心とする円形の陸地が、海(その当時は「苦い川」と表現)に取り囲まれています。

紀元前2300〜500年頃まで使用されていた(出土のものは紀元前700〜500年頃のもの)粘土盤で出来たこの世界地図は、当時のバビロニア人が想い描いていた[世界像]が表現されたもので、基本的には円と直線で描かれた単純な地図です。

中心には首都バビロンがあり、ユーフラテス川の他、円の外には「苦い川」と楔形(くさびがた)文字で表記されており、どうやらこれが現在の地中海の事で、外円の部分を示します。当時は海という概念が無かったのですね。

また「苦い川」の外側には三角形の「空を支える山」が数カ所あり、この未開の陸地は「死後の世界」を表しているんだそうです。

さて、日本ではいつ頃、[地球]と呼ばれる様になったのか?調べてみましたら、1549年にフランシスコ・ザビエルが西洋地理学を持ち込んだ際、[大地球体説](「だいち・きゅうたい・せつ」と区切り、「だい・ちきゅう・たいせつ」ではない)という言葉が使われています。惜しい!ですね。

ただ、この頃から、しばしば[地球]と表現する知識人が現れ始め、書籍で初めて表記されたのは、1688年に[天文図解]全5巻を著した天文学者の井口常範(いぐちつねのり)氏だと云われています。

しかし、1852年に孝明天皇(明治天皇の父)への献上品として、水戸藩主・徳川斉昭(とくがわなりあき)が贈った地球儀の献上文には[上大地国形表](「おおち・の・くにがた・を・たてまつる・ひょう」と区切る)、つまり地球儀ではなく[大地国形]なので、地球が球体である事は知っていても公にはまだ[地球]という言葉は確率していなかったようです。

*[上]は献上・奉るの意

この地球儀は、明治天皇の即位式に使用されたと記録されていますので、[地球]という言葉が一般普及され始めたのは、どんなに早くても明治時代(1868年以降)とする説が有力です。 

↑左:献上された豪華な漆塗りの地球儀と、右:徳川斉昭自筆の献上文

[地球]という言葉そのものは中国発祥とされ、ペルシアよりシルクロードを辿って西洋の天文学が伝わった1300年頃(当時の暦書に表記)ではないか、と考察されていますが、今のところ名付け親が誰なのかは分かっていません。

史実として「地球が球体」である事と「海がいかに広大」なものかを実際的に証明して見せたのは、何と言っても大航海時代(15世紀半ば〜17世紀半ば)のフェルディナンド・マゼランとファン・セバスチャン・エルカーノのご存知[世界一周旅行](1519〜1521年)でしょう。

↑ポルトガルのフェルディナンド・マゼラン(1480〜1521年)航海の途中、フィリピンのマクタン島で戦死。
↑スペインのファン・セバスチャン・エルカーノ(1476〜1526年)マゼランの死後、マゼラン船団の指揮を引継ぎ、1522年に世界周航を果たした人物で、2度目の世界一周の途中、太平洋沖で壊血病(かいけつびょう)と栄養失調により死去。

旅行といっても当時はヨーロッパ人におけるインド・アジア・アメリカなど大陸へ植民地的に進出するのが航海の目的。3年に渡る大航海の末、太平洋を大洋として最初に発見した航海探検家たちです。

航海後、作成された世界地図はかなり実際に近いものですが、なんだかちょっと変ですよね。

・・・デカくないですか、南極大陸。

実は、北半球にばかり大陸があってはバランスが悪いと考えた当時の人々が、架空の巨大な南極大陸を描いてしまった為、海は実際よりもまだ小さい面積に留まっています。当時マゼランの功績を讃え、この南半球に位置する架空の大陸はMAGALLANICA(マゼランカ)と名付けられました。

実際の南極大陸の面積はオーストラリアの2倍ほど(約1400万㎢)で、現在では[南極大陸]=英ANTARCTICA(アンタークティカまたはアンタークティック)と呼ばれています。

この南半球バランスの考え、[地球球体説派]の人々の間では、大航海時代よりもっと以前からあった様です。

それにしても、ずいぶん大きな南極大陸、ちょっと強引な気もしますね。

↑1594年に作成された世界地図。この頃まで架空の巨大南極大陸[MAGALLANICA]の表記があります。

画像の大部分をWikipediaさんから拝借させて頂いております。

酸素を作る海の生き物・後編

カテゴリ:地球誕生

これらの菌には高度好塩菌や温泉や熱水噴出孔などに見られる好熱菌などがあり、私たち人類から見れば極めて過酷な環境にも分布している事から、条件的にこの頃に誕生したのは嫌気性の古細菌と考えられています(化石も見つかっている)。つまり初めて誕生した生物は嫌気呼吸をしていた事になるのです。

32億年前ーこの頃、二酸化炭素と太陽光を使う「藻類」=ラン藻「シアノバクテリア」が出現し、光合成によって酸素が作り出され、海水に留まる様になりました。

27億年前ー酸素ガスが海洋から溢れ始めたのは、大規模な大陸変動によって浅瀬が作られた為です。大気に酸素が含有するようになってオゾン層が生まれました。成層圏中では、酸素分子が太陽からの242nm以下の波長の紫外線を吸収して、光解離し酸素原子となり、この酸素原子が酸素分子と結びついてオゾンとなります。また生成されたオゾンは320nm以下の波長を持つ紫外線を吸収し、酸素分子と酸素原子に分解するという反応も同時に進行します。

つまり、オゾン層は太陽からの有害な紫外線の多くを吸収し、地上の生態系を保護する役割を果たす様になり、地上の生物誕生の受け入れ態勢が整ったという事です。この頃になると、好気性生物も次々誕生します。

24億年前ー酸素の大量発生が起こった時期に、他の元素と結合していない多くの遊離酸素が海中や大気中に溢れ、当時の嫌気性植物の大量絶滅を引き起こした事がありました。しかしながら、酸素を用いる細胞呼吸を獲得した好気性生物は、より多くのATP(アデノシン三リン酸)を作り出せる様になり、地球に生物圏を形成した、というのが有力説です。この光合成と酸素呼吸は真核生物への進化をもたらし、これが植物や動物などの複雑な多細胞生物が生まれるに至る第一歩となり、光合成細菌もあちらこちらで活発に活動し始めます。自由生活の褐虫藻など(高等な構造を持った真核生物)の渦鞭毛藻もこの頃に誕生したのではないか、と推測されています。

17億年前ーこの頃になると、大気中の酸素含有率比は10%に達します。

8億年前ーついに二酸化炭素と酸素の比率が逆転しました。

5億4千万年前ー大気中の酸素比率は不安定ながら15〜30%の間で推移していました。陸の上が安全になると生物は次々と上陸し始めます。最初に上陸したのは植物です。陸上生物は約5億年前に出現しました。海の浅瀬から低地の沼へと徐々にその生息地域を拡大、続いて節足動物などの無脊椎動物が上陸し、最後に両生類が上陸したのです。

これらの動植物は短時間で大変な進化を遂げ、どんどん活動的になります。例えば植物には体を支える為の根や茎・葉が発達し、動物では両生類の中から脊椎動物が現れます。またサンゴの先祖が誕生したのもこの時代と云われています(中国・陝西(せんせい)省にある地層から最古の祖先化石が見つかる)。

3億年前ー陸上動物であるシダ植物が大繁殖しました。現在、化石燃料として使われている石炭の殆どが、この時代に出来たものです。同じ頃、大気中の酸素含有率は最大で33%までに達し、昆虫や両生類の大型化に作用した可能性があるというのです。またこの頃にサンゴと褐虫藻の共生生活も始まったと考えられています。

400万年前ーこの頃、ヒトと類人猿の中間に位置するアウストラロピテクスがようやく出現、やっと私たちの出番が来ました!私たちヒトの歴史ってまだ始まったばかりなんですね。

駆け足での地球誕生46億年の歴史はざっくりこんな感じですが、いかがでしたでしょうか。

現在、地球の大気中に含有する酸素量は約21%で安定しています。この内、ほぼ100%が光合成によって水が光分解される事で生じ、大気中の酸素70%を海洋中の緑藻類やシアノバクテリアが、残り30%を陸上の植物が作り出しています。

生命誕生に関しては諸説ありますが、概ねこれらが現在の最有力説であり、全ての生物は太古の海で生命を育んでいて、これが最初の生命誕生の過程であり、水が生命の源と呼ばれる理由なのです。嫌気性バクテリアが私たち人類の祖先であるというのも、うなずけますね。

現在、私たちは文明の発達によって清潔で便利な生活を送り、豊さと長寿を手に入れました。同時に酸素を生産してくれている海や森林などの自然も大切に利用したいものです。

*好気性細菌または好気性生物=酸素に基づく代謝機構を備えた生物で、私たち[ヒト](厳密のは偏性好気性)もこちら。
*嫌気性細菌または嫌気性生物=好気性生物と対立する生き物、或いは増殖に酸素を必要としない生物。